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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)27号 判決 1982年8月27日

原告 福島邦俊 訴訟承継人 福島仁子

被告 国

訴訟代理人 岡崎真喜次 木出正喜 外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二〇二万一〇〇〇円およびこれに対する昭和五五年三月一日から支払決定の日に至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文一、二項と同旨

第二原告の主張

一  従前の原告福島邦俊(昭和五六年七月二〇日死亡によりその妻である原告が訴訟承継人となつた。以下「邦俊」という。)は、昭和四八年一月一二日、訴外精興産業株式会社から名古屋市名東区猪高町猪子石、平和が丘南部土地区画整理組合、保留地二九ブロツク三番、六六一・一八平方メートル(以下「本件土地」という。)を四四九六万円で買い受けた。

右土地は、当時更地であり、邦俊は、同地上にマンシヨンを建て、賃貸もしくは分譲する計画を有していたが、資金ぐりの都合で着工できず、更地のまま未使用の状態で所有していたが、邦俊が代表取締役として経営していた訴外三工商事株式会社が、昭和五一年ごろから経営不振となつたので、邦俊は、右会社の赤字補てんの目的をもつて、昭和五一年一二月二五日、訴外株式会社松村組(以下「松村組」という。)に本件土地を六〇〇〇万円で売却し、昭和五二年一月二〇日同社から代金全額の支払を受けるとともに同社に対し所有権移転登記手続をなした。

二  邦俊は、昭和四八年一月三〇日、蒲郡信用金庫から本件土地の買受代金の資金の一部に充当するため三〇〇〇万円を借り受け、昭和五一年六月一日までに元利金を全額返済したが、その間の利息(以下「本件借入金利子」という。)は、四二五万一九四円であつた。

三  邦俊は、昭和五三年一月一二日付書面で昭和税務署資産税部門高橋秀次名義の呼出状を受け取つたので、同月二〇日、同税務署に出頭し係官に対し本件土地の取得から処分に至る経緯および利用状況ならびに本件借入金利子の金額等を詳細に説明し、本件借入金利子を収入金額から控除して課税譲渡所得金額を算出すべきであることを主張したが、係官は、そのような算出方法は、所得税基本通達(昭和五四年一〇月二六日改正前の昭和四五年七月一日直審三〇号三八―八、以下「旧通達」という。)の認めるところでないから、右算出方法によつて確定申告をすれば、更正処分ないし過少申告加算税が賦課決定されることは必定である旨指導した。

四  そこで、邦俊は、昭和五三年二月二八日、やむをえず、本件土地譲渡による所得につき、分離短期譲渡所得として次のとおり確定申告(以下「本件申告」という。)をなした。

収入金額        一五〇四万円(なおこの金額は譲渡代金額から買受代金額を減じたものである。)

必要経費     一二二万五〇〇〇円

譲渡所得金額  一三八一万五〇〇〇円

これに対する税額 五八四万六五六六円

五  邦俊がなした土地の取得、譲渡ならびに借入金に対する利息の支払と極めて類似する事件における東京高裁判決(昭和五四年六月二六日)を契機として、国税庁長官は、前記所得税基本通達三八―八を改正して、「固定資産の取得のために借り入れた資金の利子……(中略)……のうち、当該固定資産の使用開始の日(当該固定資産を使用しないで譲渡した場合は、譲渡の日)までの期間に対応する部分の金額は……(中略)……当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する(後略)。」ことを示達(昭和五四年一〇月二六日付改正通達。以下「改正通達」という。)したので、右通達に基づき、各税務署は借入金利子を取得費に算入しない計算方法でなされた譲渡所得にかかる確定申告による納税者について、国税通則法二三条一項の規定による更正の請求をすれば、更正の原因たる事実を確認したうえで減額更正処分をし、過納分の所得税を還付する取扱いをするようになつた。

六  邦俊は、昭和五四年一一月、昭和税務署に出頭し、右改正通達に基づく減額更正処分をするよう要請したが、同署係官は、邦俊については国税通則法二三条一項所定の更正請求期間が経過しているので同項による更正の請求をすることはできないが、事情を明らかにした上申書または嘆願書を税務署長あてに提出するよう指導したので、邦俊は、同月三〇日、昭和税務署長宛に嘆願書を提出し、邦俊の昭和五二年分分離短期譲渡所得金額の計算上、邦俊の支払つた本件借入金利子を取得費に算入すれば、申告納税額において二〇二万一〇〇〇円が減額されるべきであるから、減額更正のうえ右金額を還付するように要請したが、昭和税務署長は何らの処置もしなかつた。

七  ところで、国税庁長官は、前記改正通達によつて、本件借入金利子を取得費に算入することが所得税法三八条一項の正しい解釈であり、また昭和税務署係官の邦俊に対する本件申告の際の指導が誤りであつたことを認めたのであるから、邦俊のなした本件申告は、法律の定めに従つていない過大申告となり、税務署長は法定申告期限から五年を経過するまでは国税通則法七〇条二項一号により減額更正処分をする権限を有しているのである。

したがつて、昭和税務署長としては、国税庁長官が前記改正通達によつて正しい解釈を示した以上、年度のいかんを問わず、同一条件の事案については同一の結果となるような取扱いをすることが租税負担の公平を図るうえから妥当であり、しかも邦俊のように所轄税務署係官の誤つた申告指導によつて過大申告をした場合であつて法定の期間内に更正の請求をすることが不可能であつたものについては、信義則上職権によつて減額更正処分をする義務があるというべきである。

八  そして、信義則上職権による減額更正処分をなすべき義務がある場合に、税務署長が故意または過失によつて当該処分を行なわないときは、当該減額処分がなされた場合と同様に過大納付税額相当部分につき被告は不当利得したものというべきであるから、納税者は右過大納付税額に相当する金額の還付を請求することができると解すべきであり、右見解が正当なことは旧所得税法施行当時雑所得の収入金額として課税の対象とされた利息債権が後日回収不能となつた場合に、過大納付税額相当部分につき、被告の不当利得が成立すると判示する最高裁昭和四九年三月八日の判決によつても裏付けられる。

九  また前記還付金には、更正の請求に基づいて減額更正処分がなされたことによる過納金に対する国税通則法五八条一項二号所定の還付加算金が加算されるべきところ、邦俊は、昭和税務署長に対し、昭和五四年一一月三〇日に更正の請求と同視されるべき嘆願書を提出しているのであるから、その日から三か月を経過した翌日である昭和五五年三月一日から支払決定の日に至るまでの間、七・三パーセントの割合による還付加算金の加算を求めることができる。

一〇  邦俊は、昭和五六年七月二〇日死亡したので、同人の妻である原告が邦俊の権利義務の一切を相続した。

一一  よつて、原告は、被告に対し、不当利得金二〇二万一〇〇〇円およびこれに対する昭和五五年三月一日から支給決定の日に至るまで年七・三パーセントの割合による金員の支払を求める。

第三被告の主張

一1  請求原因一項中、従前の原告邦俊が原告主張日時に死亡し、その妻である原告が訴訟承継人となつたこと、邦俊が本件土地を他に売却したことは認めるが、その余は不知。

2  同二、三項は不知。

3  同四項は認める。

4  同五項中、改正通達が原告主張の東京高裁判決が契機となつたとの点は争うが、その余はすべて認める。

5  同六項中、邦俊が昭和五三年一一月三〇日付けで嘆願書を昭和税務署長宛に提出したこと、右嘆願書には原告の主張と同旨の内容が記載されていたことおよび昭和税務署長が減額更正処分をしなかつたことは認めるが、その余は不知。

昭和税務署長が邦俊から提出された嘆願書による要請に対して減額更正処分をしなかつたのは、同人の要請には理由がないと認められたからであり、同年一二月二四日、同人に対し、その旨通知してある。

6  同七ないし九項の主張はすべて争う。同一〇項の事実は認める。

二  仮りに、邦俊が、原告主張のとおり更地である本件土地を取得後未使用のまま他に譲渡し、かつ、右土地取得時に、取得代金の一部に充当するためその主張のとおりの金員を借り入れ、その主張の期間に本件借入金利子を支出したとしても、本件借入金利子は、以下に述べる理由により譲渡所得の計算上取得費には算入されない。

1  所得税法三八条一項では、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額ならびに設備費および改良費の額の合計額とする旨定められている。

したがつて、借入金利子が資産の取得費に含まれるというためには、「資産の取得に要した金額」または「資産の設備費および改良費」に当たらなければならないが、借入金利子が「資産の設備費および改良費」に当たらないことはその文言上明らかであり、また、借入金利子が「資産の取得に要した金額」に含まれるか否かについては、これを積極的に解する見解と消極的に解する見解とがあり論議されていたところである。

ところで、借入金利子の従前の取扱いは、旧通達は「固定資産の取得のために借り入れた資金の利子(……省略……)のうち当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産にかかるもので三七―二七または三七―二八により当該業務にかかる各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費または取得価額に算入する。」としていた。

また、業務を営んでいる者が当該業務の用に供される資産の取得のために借り入れた資金の利子は、「当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入する。ただし、当該資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額については、当該資産の取得価額に算入することができる。」としている(所得税基本通達三七―二七)。

したがつて、業務用資産であると非業務用資産であるとを問わず、その使用開始に至るまでの期間に対応する借入金利子は取得費に算入できる取扱いとなつていた。

かかる取扱いは、企業会計の要請に依拠した法人税法上の借入金利子の原価性取扱いを考慮した税務政策上の調整に基づくものである。

2  本件のごとく、当該資産を全く使用しないまま他に譲渡した場合において、右両通達にいう「使用開始の日」とは、社会通念上当該固定資産を使用し得る状態となつた時、すなわち土地の場合は、その現況自体に本質的変更を加えずに使用する限り何時でも使用し得る性質のものであるから、それは、原則として当該土地の所有権が移転され、引渡しがなされた時と解されていた。

したがつて本件のような場合に、借入金利子は、当該土地取得の日までは取得費に算入され、その後は取得費に算入されないものとして取扱われてきた。

この実務の取扱いについては裁判例においても妥当なものとして支持されており、旧通達は、それなりに合理性を有するものであつた。

3  ところで、本件のように、当該資産の利用によつて生ずる収益が存しない場合において、支払利子を担税力の減殺要因として課税上しん酌することは、譲渡所得の本質論から疑問のあるところであるが、実際の税負担が過重になるとか、資本を投下する場合に金利を払うこともあり、金利も元本も回収すべきコストという観念からすれば投下した資本であることに変りはなく、また、従前の取扱いが納税者の意識にそぐわないのではないかという疑念もあり、従来の取扱いを納税者にとつてより有利な扱いに改めることが国民感情にも合致するという観点から、改正通達は、借入金により取得した固定資産をその取得後何らの用途に供することなく譲渡した場合には、譲渡の日までの借入金の支払利子についても当該固定資産の取得費または取得価額に算入するよう取扱いを改めたのである。

4  改正通達の適用について

改正通達の適用は「今後処理するものから」とされているとおり、示達された日である昭和五四年一〇月二六日以降適用されるものである。

ところで、租税法の規律の対象たる経済の実態はきわめて複雑多様であり、しかも絶えず流動変遷する性質をもつていることから、的確に課税対象を捉え、適切に課税標準を算出し、担税力に応ずる公平課税の目的を達成するには、法律の定めるところを敷衍、補充し、あるいはこれを解釈する等の目的で通達を発することは避けがたいところである。

したがつて、通達のもつ右の性質からすれば、通達は法令と一体となつてその効用を全うするものと考えるべきであるから、通達の消長は、法令の消長と運命を共にすべきこととなり、通達の改正があつた場合も法令の規定の変更と同様改正前の事項について遡及適用しないものとするのが合理的というべきである。

そこで、通達内容の取扱いについて、当該通達が「今後処理するものからこれによられたい。」と定めているような場合は、行政上の取扱いとして、右通達の示達された日以降の取扱いを予定しているとみるべきである。

そして、改正通達は、前述のとおり「今後処理するものからこれによられたい。」とされているのであるから、右改正通達は、その示達せられた日である昭和五四年一〇月二六日以降に取扱うものについてのみ適用されるものというべきである。

なお、昭和五四年一〇月二六日以前に確定申告がなされたものであつても、国税通則法二三条の規定による更正の請求が可能なものについては、租税債務が終局的に確定しているとはいえないことから、これに対する税務官署の事務処理も完了しているとはいえないことになるため、適法な更正の請求がある場合には、右通達のいう「今後処理するもの」に該当するものと解するのが妥当として、右改正通達を適用する取扱いとしたものである。

したがつて、更正の請求のできる期間を徒過し、租税債務が確定した後に、示達された通達の適用を前提とした原告の主張は失当である。

三  更正権限について

1  原告は、本件借入金利子の取得費不算入につき、所轄税務署長は確定申告の法定申告期限から五年間は減額更正処分をする義務が存する旨主張するが、右主張は失当である。すなわち、税務署長の更正の権限は、納税申告書に記載された課税標準等または税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等または税額等が税務署長の調査したところと異なるときに発動されるものである(国税通則法二四条参照)ところ本件においては、前述したように本件申告書の記載内容には法律の規定に従つていないところは存せず、また、これに対する税務官署の取扱いも前述のように何ら違法な点が存しないのであるから、右更正権限を発動すべき余地は存しないものというべきである。

2  原告は、減額更正処分をする義務が存する場合において所轄税務署長が故意または過失によつて当該処分を行なわないときは、信義則上当該減額更正処分がなされたと同視すべきである旨主張するが、被告に減額更正処分をなす義務の存しないことは前述したとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き失当であるのみならず、そもそも、更正権限に基づく減額更正処分は行訴法三条所定の処分であり、税務署長の専権に属する事項である。

したがつて、税務署長の第一次的判断がなされる以前に、その判断権の行使を義務付けたり、あるいはその行使があつたのと同様な効果をその行使がないのに事前に司法機関がこれを審査し、その義務の有無等を確定することを認めることは憲法の定めた三権分立の趣旨にもとり、右主張はかかる点からも失当というべきである。

第四証拠<省略>

理由

一  従前の原告邦俊が昭和五六年七月二〇日死亡し、その妻である原告が相続人として訴訟承継人となつたことおよび邦俊が昭和五三年二月二八日、本件土地を譲渡したことによつて生じた所得につき、分離短期譲渡所得として原告主張のとおり確定申告をしたことは当事者間に争いがなく、成立につき当事者間に争いのない乙一ないし三号証、証人大崎栄治の証言によれば、邦俊は、昭和四八年一月二二日、訴外精興産業株式会社から本件土地を四四九六万円で取得したが、昭和五一年一二月二五日、松村組との間で同社にこれを六〇〇〇万円で売り渡たす旨の売買契約を結び、昭和五二年一月二〇日、同社から代金全額を受領し、同社に所有権移転登記を経由したこと、本件土地は邦俊が買い受けた当時、更地であり、同人は、右土地を未使用の状態で売却したこと、邦俊は、昭和四八年一月三〇日、本件土地を買い受けるために蒲郡信用金庫から三〇〇〇万円借り受け、右同日から本件土地売却前である昭和五一年六月一日までの間に元利金全額の返済をしたが、その間の本件借入金利子は四二五万一九四円であつたこと、邦俊は、昭和五二年度分の分離譲渡所得の申告をするに際し、本件借入金利子を本件土地の取得費に計上しなかつたこと、以上の事実が認められ、他に、これに反する証拠はない。

二  つぎに、原告の本訴請求の要旨は、「邦俊は、本件申告に当り、本件借入金利子は取得費に計上されるべきであると考え、昭和税務署係官にその旨意見を申述したが、同係官は、旧通達を理由に、邦俊の意見を否定し、旧通達にそう申告指導をしたため、邦俊は、やむなくこれに従つた。ところが、その後、更正請求期間が経過した後に、邦俊の意見と同一内容の改正通達が施行されたが、右通達は、遡及適用を否定しているため、原告としては、更正請求による減額更正の途をとざされている。かかる場合においては、被告は、信義則上改正通達を本件借入金利子に適用して、これを取得費に算入し、本件申告納税額中二〇二万一〇〇〇円を過大納付税額として、国税通則法七〇条二項一号による職権による更正減額処分をなすべき義務があり、かつ、被告が右処分をしないときは、信義則上右処分がなされた場合と同様に、原告は、被告に対し、右過大納付税額相当の金員の返還を不当利得金として請求できる。」というにあることは、その主張自体に照らし明らかである。

三  そこで、先ず、被告に国税通則法七〇条二項一号に基づく減額更正処分をなすべき義務が存するか否かにつき審按する。

1  旧通達と改正通達の内容

成立に争いのない乙四、五号証によれば、旧通達、右通達にいう三七―二七通達および改正通達の内容は、すべて被告主張のとおりであること、国税庁長官の改正通達の示達書には、右通達は今後(示達日である昭和五四年一〇月二六日以後の意)処理するものからこれによられたい旨が明記されていることが認められる。

2  新旧各通達の検討

(一)  右各通達は、資金を借り入れて取得した非業務用固定資産を譲渡した場合、その借入金利子が譲渡所得金額の計算上総収入金額(譲渡価額)から控除されるべき取得費(法三八条一項)に該当するかどうかの解釈基準を示したものであるが、旧通達は、「取得にかかる固定資産の使用開始に至るまでの期間に対応する借入金利子は取得費に算入できる」旨規定していたところ、右通達にいう「使用開始の日」とは、社会通念上当該固定資産を使用しうる状態となつた時、即ち土地の場合は、引渡を受ければ、特別事情なき限りいつでも使用しうるから、原則として、当該土地の所有権が移転され、引渡しがなされた時と解されていたことは、被告の主張に照らし明らかである。

したがつて、旧通達に従えば、本件事案にかかるような借入金利子は、当該土地取得の日までの利子が取得費に算入され、その後の利子は、取得費に算入されないことになる。

これを本件について見れば、邦俊は先に認定したとおり本件土地を取得した後に本件借入金利子を支出していたから、借入金利子全額につきこれを取得費に計上することは認められないことになる。

(二)  ところで、旧通達は、借入金利子のうち、取得資産の使用開始前の期間に対応する分は、それに見合う収益(取得資産の使用)が生じていないから原価性(取得費性)が認められるが、使用開始以後の期間に対応する分は、むしろ使用の対価(維持管理費性)とみるべきであるから、原価性が認められず、取得費としては認められないとの見解に立つものと解される。

そして改正通達は、旧通達と同一の見解に立脚しつつ、借入金利子のうち取得後何らの用途に使用することなく、他に譲渡した場合には、譲渡時までの期間に対応する借入金利子は、それに見合う収益が生じていないことを理由に、これを取得費に算入することを認めたものであり、旧通達にいう「使用開始の日」を、現実に使用せず、他に譲渡したときは、「右譲渡の日」までとあらためたものと解される。

(三)  右新旧両通達の見解の外に講学上、次の二説が存する。

(イ) 消極説

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りにより資産所有者に帰属する増加益を資産の移転を機会に清算して課税するものであり、借入金利子は、資産取得との関係では、客観的取得価格を構成するものでなく、間接的な支出にすぎないから取得費に含めるべきではない。

(ロ) 積極説

取得費とは、資産取得と相当因果関係にある支出費用を指し、借入金利子は、まさに資産の取得に要した費用であるから取得費に含まれる。また一般に、借入金で取得された資産の譲渡による所得は、それだけ担税力が減殺されるから、応能負担の原則上からも取得費性を認めるべきである。

右(イ)(ロ)の両説に対し、新旧両通達は、中間説ともよばれ前述したとおり、所得は、費用の収益対応の考え方により計算されるべきものであるから、すべての費用は、それに対応する収益が生ずるまでは、これに原価性を認めるべきであるとの考え方に立脚している。

以上のように非業務用固定資産購入のための借入金利子が取得費に含まれるか否かについては、講学上見解の対立が存することに鑑みると、この点に関する法の解釈、適用を明確ならしめるためには、法の改正が望ましいと考えられる。

(四)  ところで原告主張の東京高裁判決は、積極説に立つものであるが、改正通達は、積極説に立つものではなく、中間説に立ちながら、積極説にいう借入金の支払利子を担税力の減殺要因とみる考え方および応能負担の原則の考え方をとり入れ、未使用のまま譲渡したときは、譲渡の日までの借入金利子を取得費として認めたものであると推認され旧通達を右特定の場合に限定して取得費の範囲を拡張したものであるから、十分に合理性を有するものと解されるが、さればと言つて、旧通達が施行当時一見して明白に違法な解釈であつたと即断することは到底できない(旧通達施行当時右通達を合理性あるものとして是認した判決例も存する)。

3  改正通達が遡及適用を否定したことの合理性の存否

一般に租税法の規制の対象である経済現象は、きわめて複雑多様であり、しかも、絶えず流動するから、租税行政庁が的確に課税対象を捉え、適切に課税標準を算出し、担税力に応ずる公平課税の目的を達成するためには、法律が抽象的な規範を定立するに止まり、政令等により具体的な解釈基準を示していないような場合(所得税法三八条一項にいう取得費はまさにこの適例である)には、租税行政庁として、法律の定める抽象的規範の意味内容を補充し、あるいは解釈し、併せて、下級行政庁の取扱方針を一律ならしめる目的をもつて通達を発する必要性の存することは多言を要しないところであり、また一度発せられた通達についても経済状勢の変動ないし租税判例の動向等をふまえて、改正する必要の生ずることも多言を要しないところである。

もとより、通達は、租税法規の解釈について裁判所を拘束するものではないが、それが合理性を有すると認められれば裁判所において是認、支持されるのが通常である。

通達の以上のような性質に鑑みると、通達が改正されたときはそれが全国的に下級行政庁の租税徴収事務ないし税務指導を画一的に規律する関係上、特段の事情なき限り、遡及適用を認めない方が、租税行政の円滑な推進に資するものと考える。

したがつて、改正通達が遡及適用を認めないことをもつて違法視するわけにはいかない。

4  被告が本件申告に改正通達の遡及適用を認めず、かつ、職権による減額更正処分をしないことの正当性の存否

原告が、本件申告につき、国税通則法二三条所定の更正請求期間を徒過していることは原告の自認するところであり、仮りに、本件申告につき被告係官が、原告主張のとおり邦俊に対し旧通達に基づく税務指導をしたとしても、前述したように、当時において旧通達が、一見明白な法解釈の誤りがあつたとは即断できない以上、被告係官の右税務指導を信義則にもとる行為と評価するわけにはいかない道理であり、そうである以上、被告が、更正請求期間を徒過している原告に改正通達を原告の本件申告につき例外的に遡及適用し、減額更正処分をしなければならない義務が信義則上存すると認めることも困難である。

四  結論

以上の次第であるから、被告が、信義則上、本件申告につき、職権で、減額更正すべき義務があるとは認められないから、右義務の存することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 澤田経夫 加登屋健治)

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